|
|
「秋吉先生の紹介」
|
|
|
|
|
|
「撃剣道」直心影流幕末剣道
|
|
|
|
リンク
|
|
我々が修行する「直心影流男谷派」の剣道は、
通常の道場で見ることの出来る剣道とはかなり違います。
|
其ノ壱
「手の内」が違います。
剣道を習うには2年以上、竹を斬り込み
「手の内」と「姿」を作ります。
このとき現代スポーツとは異なる
「身体操作」を行い「使う筋肉」も違ってきます。
それらを繰り返す事で練り上げられた
「手の内」は一般の剣道家のそれとは全く異なります。
また秘伝のため、ここで紹介することは出来ませんが
直心影流 男谷派の「打ち込み」は
独特で「間合い」が伸びます。
|
|
|
|
其ノ弐
「つばぜり合い」をしません。
実戦本位であるがため容易には出来ません。
真剣でそんな事をしていたら
上半身傷だらけになってしまうでしょうし、
後ろからの敵にも対応できません。
幕府の御留め流の剣術にはそのような兵法は存在しません。
懐に容易には入らせない技術を身につけなくてはなりません。
|
|
其ノ参
声を発しません。
戦場で長時間戦う事も想定してるので、呼吸法が違います。
呼吸が読まれたとき、勝負はついています。
呼吸が乱れたとき、勝負は時間の問題となります。
呼も吸も秘かにおこないます。
|
|
|
|
其ノ四
すり足
いわゆる「飛んだり、跳ねたり」しません。
当てるだけの剣道では致命傷を与える事は出来ません。
私どもの剣道はいわゆる「斬れる剣道」です。
ただ「足」を「する」だけでは本当の「すり足」ではありません。
それは「相手の骨」を断ち切るための力を保有するものであり、
また竹刀が触れ合えば、相手の重心を一瞬で崩すものです。
それに実戦では常に足場が良いとは限りません。
|
|
其ノ五
受けません。
相手の竹刀を受けません。
(真剣勝負では非常にリスクが高いと思われます。)
そして「受けない練習」」だけを繰り返すことによって心にも「受け」という概念が存在しません。だまし合いのような技術をいくら習得しても、精神の高みに立つことは出来ません。
剣は心なり。
|
|
|
|
最後に・・・
現代の剣道の理念は、健全な心身を育成するための社会教育、学校教育の一環であり、
近代的なスポーツなのであります。
いまさら論じるまでもなく素晴しいものであります。
|